IE9ピン留め

イラストレーターたえこがオーストラリアへ。今までいかに何も知らずにぬくぬく育ってきたかを思い知ること連発の予感。
by taco-taeco
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about taeco
■たえこ(taeco)
山口県出身
シドニー在住
元保育士
現在イラストレーターを目指すひと。

Like・・・
華の金曜日・ビール(オーストラリアワイン)・赤ちゃん・夏・緑色・読書・焼肉、白米、野菜、魚・手紙・誉れ

Hate・・・
月曜日の朝・算数・ピアノ・こわい人・怒られること・おばけ・ギャル

Respect・・・
村上春樹
さくらももこ
古谷実
ねえちゃん


~詳しくはこちらへ~
♪イラストのHP
「たえこの部屋」
あそびにきてねヽ(´▽`)ノ♪







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引っ越し!



とう!


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# by taco-taeco | 2009-12-08 13:28
集大成。
オーストラリアに吹く風が冬色になったころ、
ボロボロのセーターを着て
マフラーをぐるぐる巻いて
カメラとメモ帳を不器用に脇に挟みかえながら
私はそこで毎日歩いた。

「本当にできるんだろうか」という、げぼを吐きそうな不安と
「絶対できる気がする!」という、げぼを吐きそうな期待が
ぐるぐると内臓を駆け巡っては
気持ちを落ち着けるように、小さい喫茶店に入ってカプチーノを飲んだ。

ペンと紙を広げ、
そこで見た景色、道、色、味、を描き込んだ。

汚く殴り書きされたそのラフ画を見ながら
家に帰ると寝るまでそれを描きあげた。

起きて、幼稚園の仕事に行って、現地に行って、家で描いて、描いて、描いて、寝る。

そんな生活が毎日続いた。

本当にできるんだろうか、絶対できる気がする、絶対できる気がする。




完成するまで何度もあった校正がぜんぶぜんぶ終わって、
「たえこちゃん、よく頑張ったね。頑張ってくれた気持ちに、払いたい。」と、
当初設定されていた報酬をぐんと上げてもらえたとき、
泣くもんかと我慢していた気持ちがふっと切れて
号泣してしまった。

お金がもらえることが嬉しかったんじゃない、
自分の全力を認めてもらって、
そのうえお金と言う絶対的な対価をつかってその気持ちを表してもらえたことが
何よりも嬉しかった。



シドニーでの締めくくりにいただいたお仕事は、
日本旅行のシドニー支店からの
シドニーツアーマップだった。

日本からシドニーにくるお客さんに渡すための、要は街歩きマップのようなものだった。

シドニーの定番観光地として、ROCKSという地区がある。
大昔イギリスからの移民者が初めて降り立ったとう
歴史ある味わい深い地区。
その地域のマップを作らせてもらった。


イラストと、一言コメントをちりばめて街を紹介して欲しい。

というリクエスト以外は、ほとんどなにも与えられず
ただ私の(素人の)目線で見たもの、食べた場所、いいなと思った場所を書いて欲しいということだった。


鉛筆なら自由自在に描ける絵も
専用のソフトを使って編集するのにはものすごく時間がかかった。

しろくまにーちゃんやしろくま奥さんにたっぷりたっぷりと教えてもらいながら

とにかく帰国までの一か月、死ぬ気で完成させるつもりで取り組んだ。
多分、こんなにも全力で頑張ったのは
お母さんの産道を通り抜けた時以来だと思う。
多分次は自分のお産だ。
何かを生み出すってすごくしんどいし感動的だ。


そして、私のシドニーワーホリ生活の集大成のお仕事が完成した。




(表:ロックス周辺~観光名所や建造物の紹介~)



(裏:ロックスの中のナースウォークの街歩きマップ~飲食店や雑貨屋さんの紹介~)


毎日、笑ったり悩んだり怒ったり泣いたりしながら
頑張ってお金を稼いだ人が、
いろんな予定を調節して、計画して、そして、
胸をわくわくさせてシドニーに旅行にきたときに、

このマップを見て、「どこに行こうどこに行こう」とわくわく歩いてくれれば、
私はこれ以上ない喜びを、この地で生み出すことができたと思う。






落ち葉転がす秋の風が心地よい日本から
カラッと青い空が広がる、もうすぐ夏のシドニーへ。
そこに住む、私が出会った全ての人に。
これからマップが出会う、全ての人に。

たくさんのたくさんのたくさんのありがとうを、心から。
今日も明日も明後日も、わくわく幸せな1日でありますように。


井の中のタコは、今日も大海の向こうのあなたに向けて願います。


# by taco-taeco | 2009-10-19 22:05
みぞおちあたりに落ちてきた!
私の人生の応援ソングに、
ケツメイシの「ライフイズビューティフル」という歌があるのです。


その歌で、最近一番好きな部分がこれ。


「不安な心、抱えた悩み、それは神様が君に与えた課題」


・・・・そうだ。そうなんだ。
これは課題なんだ。
次へ繋がるための、もっと大きくなるための、神様からの課題なんだ。


と、思いこませたい気持ちは山々なんです。




が。







それにしても!激しすぎー!神、激しすぎー!!!!(T▽T)かだいおもーい!




という感じの日々を過ごしておりました。


んーーー・・・・と、言っても。要は自分の力量不足とか、なんだか、
なんともいえないもどかしいことだらけなんですが。

一番しんどかったのは、
退院を直前にしたお母ちゃんに新たな病気が見つかってしまい、
入院が延長になってしまったこと。


ああうぅぅ。。。(T□T)


退院でワクワクしていたのに!お母ちゃん可哀想!
内臓の病気で、食事ができないお母ちゃん可哀想!

つれあいのいない時間を過ごす、お父ちゃん可哀想!
まずい料理を毎日食べさせられる、お父ちゃん可哀想!

飲みに行けないたえちゃん、可哀想!←金曜日は除く。(除くな。)



んんん~~~~~~・・・・・

病気自体は、
前の脳みその病気と比べたら超軽いものなので全然心配はいらないのですが
それでもうちの一家に「がっかり」ムードが蔓延しているのは言うまでもありません。仕方ないことなんだけど。むしろ退院前に見つかって良かった。しっかり治してもらえるから、すごく嬉しいんだけど、だけど。だけど。ねぇ。。。。。可哀想だなぁ。。。。(;_;)


ほんとーに。人生何が起こるかわかりませんなぁ。
今を楽しまなければね。
でも楽しむには、自分が、家族が、大事な人が、まずは元気でいなきゃね。

「健康」は何よりもの財産だぁ。





・・・・・・・と、だんんだんオーストラリアのオの字も関係ない日記だらけになってきたので
新しいブログを開設中です。
だれも待っていないでしょうが、どうぞお楽しみに!って言ってみる!うそ。楽しみにするようなもんじゃないよ。


さぁそろそろ寝ーましょ。
どなた様も、よい夢を。
最近石川遼くんに口説かれる夢を見たたえこより。くふ♪

# by taco-taeco | 2009-10-04 23:28
秋の夜長に火遊びを。
よいよいよい!最近週の中日の記憶がないぞ!汗


一週間が一瞬です。
こうして人は歳をとるんですか。
この目じりのしわが増えていくんですか。
この腹のたるみが嵩を増すんですかあああああ
あああああああああ・・あ・・・・・あ・・・あ・・・・・



まぁいいや♪今夜はハナキーン♪米焼酎水割りで!んふー!




さてさて日本は秋の大連休。
嬉しい嬉しい5連休!いえい!


でもでも今年突然湧きあがった大型連休に
心の準備が間に合わず、予定がうまく組み込めなかった私のようなあなたー!



ちょっと暇つぶしになるようなイベントをご紹介。
山口の人だけですけど。公私混同ですけど。ごめんなさい。えへ


山口市が誇る国宝といえば瑠璃光寺五重塔。
この連休期間はキャンドル1000個でらいとあっぷされます。

その名も

山口ゆらめき回廊

綺麗ねぇ。ほんと。キャンドルなくても。綺麗よ。
毎日日替わりで音楽ステージなんかもある模様。

詳しくはコチラ。あれ?(なんか見たことある絵が・・)



私は初日の19日、お仕事としてご出勤です。
わああうれしいなああ火の番だああ。


もし良かったら遊びに来てください。
一点を見つめて火の番をしています。
遊んでください。携帯持ってます。遊んでください。(仕事しろ)

# by taco-taeco | 2009-09-18 07:07
神様のしわざ。
3ヵ月前は南半球にいて
ガイコクジンだらけの街に住んで
金髪の女の子のおむつとかかえていたのが日常で。


もしあのとき、神様とでも名乗るような存在が、




「えーっと。あんたねぇ、あれよ。
帰ったらちょっとニートするんだけど、
社会的地位もお金も全然ないから。
けっこうみじめな思いするかもよ。
えーっと、それで、
就活して、あ、就職は見つかるみたいだけど、
はじめめっちゃ忙しいから。
そのうちお母さん倒れるね。
腫瘍腫瘍。死なないけど、入院するみたいだから
あんたお父さんと二人暮らしね。
料理とかすることになるから。
夜遊びはまぁ諦めなさい。
で、あ、ぎっくり腰になるね。
歩けないくらい動けない日が続くけど
お母さん大事な時だから
注射打って這ってでも動くようになるからね。

はーい、帰ったらざっとこんな感じよ。あんた。ね?」



と、言われていたら



や、、、、、、、や、、、、、、、、




と、怖気づいてユーカリから離れなかったかもしれない。

ビザは9月の末まであるのに、
全く迷わず7月に帰国したことは
全て「神様とか名乗る人」がうまいこと組み込んでくれたスケジュールのうちだったのかもなぁ。

あの時帰らなければ
仕事も見つからなかったし
お母さんが倒れた時に家に居れなかったんだから。
ありがちな言葉だけれど
「こうなる運命だったんだ」。

(ぎっくり腰は全くの想定外でしたが。赤子のように泣きたいくらい痛かった!一週間!)


仕事は、毎日「生まれてきて良かったー!」と小声で噛みめたくなるほど楽しいです。
ずっとずっとやりたかったことを、仕事として与えられ、
いやむしろ与えられ過ぎている気がします。

「はい、やりたかったんでしょ?はいっ。はいっ、ホラ、これも!はい!それっ!」

と神様と名乗る人の容赦ないご慈悲を受けております。


全然時間が足りない。
締め切りとかではなくて。
もっともっと時間があれば、絶対もっと楽しいことできるのに!

と、毎日悔しい思いをしながら終業時間を迎えます。


まあ、焦らず、いっこずつ、できるところからやっていこう・・・・と思ってるんですがいいでしょうか神様。


多分彼はまた、予想だにつかない今秋のスケジュール調整をしているのでしょう。

むきー!知らない。



どうなることやら、何が起こることやら。
神のみぞ知るー。

でも私仏教。浄土真宗。なもあみだぶつ。

# by taco-taeco | 2009-09-16 22:04
平成21年9月16日という一日。
朝ごはんには茹でたウィンナーを食べました。
時間が無くて朝のゴミ出しができませんでした。
職場で淹れたコーヒーはいつもより薄くできました。
窓からさす日差しがいつもより暑くて、
長袖を着るんじゃなかったなぁと思いました。
昨日から続く作業に打ち込みました。
お昼のお弁当は朝に茹でたウィンナーを入れておきました。
食後は下の売店でチョコレートを買って食べました。
午後は少し来客がありました。
その度にいろんな用事が舞い込み、机の上が荒れました。
20分だけ残業しました。
帰る前、お母さんに電話をしたら
外出許可が出たよと嬉しそうに言っていました。
スキマスイッチを歌いながら帰りました。





家に帰ると、私の国の首相が変わっていました。
たくさんのおじさんがテレビの中でウキウキしていました。




父の作った鯖の味噌煮を食べながら、爆笑問題の番組にチャンネルを変えました。




洗濯物を取り込んだらお風呂に入ろうかなあ。
ああ姉ちゃんに電話しなきゃ。
お母さん外出許可でたよって。




# by taco-taeco | 2009-09-16 19:26
一気に記録。
「手術、無事に終わりました。」



と、少しだけくたびれた顔をしたアンパンマンTシャツの先生がそういうと、
私たち家族は深々と礼をした。


父が、星一徹のような父が、
母をいつも顎で使う、超亭主関白の父が
眼鏡をはずして涙を拭いた。


父が泣いたのを、初めて見た。(韓国映画鑑賞中以外で。)



病室に入ると、青白い顔をした母が、
酸素マスクやたくさんの管につながれながらそこにいた。

切り開かれた頭を閉じられたたばかりの母は、私たちに気付くと
「いだいよぉ・・・・・・」と声を振り絞った。

母は生きている。
6時間の大手術に耐え、10年間かけて脳みそを蝕んできた腫瘍を摘出され、
母は生きていた。

あったかい母の手を握り、涙が出た。








・・・・・・・・と、この大手術が終わりはや1か月近く経とうとしています。
たらたらと記録をつけている間にも、母は無事にぐんぐん回復をし、
9月の末には退院できるということです^^

忘れまい、と思ってつけ始めた記録ですが、
ここ最近いろんなことが重なり、

こんな感じで過ぎて行く日々の中、なかなか更新できませんでした。
そして薄れゆく母の闘病記録・・・(T▽T)
人間の記憶なんて儚いものよねぇ。


色々ありましたが、
ここらでザーっと記録のまとめにしようと思います。


手術後2~3日。

手術の翌日からご飯が出されるものの、食欲がない母。
今まで食うなと言っても一晩中食べ続けていた母さんだったので少し心配。
でもチョコレートは食べる。


手術後4日~

食欲が戻り、1日3食おいしそうに食べる。
チョコレートも相変わらず食べる。父が寿司を持って行くと喜ぶ。
粗食ライフ満喫中のたえこの目の毒。



手術後6日~

お風呂に入れず、頭をかゆがる。
傷口のかさぶた等々も手伝い、かなりのかゆみを訴える。可哀想に。



手術後10日?~

傷口の抜糸が済み、お風呂に入れてもらう。
きもちよかったー♪と上機嫌。本当に気持ちよさそうだった。



手術後12日?~(←もう全然あいまい)

初めて自分の頭と向き合い、衝撃を受ける。
(みんなは見てたけど、自分は知らなかったらしい。)
脳みそが腫れているため、一部骨が外された状態。
米粒のような頭。
その後、帽子やバンダナを欲しがるくせに
来客には誇らしげに禿げた頭を見せる。「ずごいじゃろ!」と。(迷惑!)




今まで休まず母として人として働き続けてきた母。
心から望んでいた、ぐーたら生活を手に入れる。

ぐーたらできるわ、みんなにチヤホヤされるわ、上げ膳据え膳だわ、で
至極幸せなご様子。



も、5日続けば

飽きるらしい。



父は毎日通った。プリンやらなんやらを手土産にして。

二人の夫婦生活始まって以来、
初めて母が父の愛情を素直に感じれたのではなかろうか。





そんなこんなで入院生活を送っていた母、
先週の水曜日に「外されていた骨」を元に戻す手術を行い
今は無事に頭の丸いかわいいお母ちゃんになっています^^



気付けば朝晩肌寒く、秋の訪れを感じずにはいられません。
うちの家族にとって、2009年の夏はずっと忘れられない夏になることでしょう。
起こってほしくないことが起こりましたが
その結果、今までで一番「家族」が「家族」になった出来事でした。

兄も、姉も、そのうち私も、それぞれバラバラな生活を送りますが
きっとこの先何十年も、みんなが集まれば「あの時はほんとびっくりしたよねー」と話すのでしょう。

みんな揃って、ほそーい目をして笑いながら。
母が作る、あったかいわかめの味噌汁を飲みながら。








                                         (記録。おしまい)

# by taco-taeco | 2009-09-13 23:02
腐食した大木の独り言。

会議中、両肩の筋肉がイアアアアーウアアアアアーてなる。
肩の付け根、後頭部から腐食してしまいそう。メリメリと音を立てて折れる腐った大木みたいにね。

途中から(●_●)こういう顔してた。


やっとやっとやっと明日はハナキンだよ。お酒とかよりむしろ路上に寝たい。今すぐ。

# by taco-taeco | 2009-09-10 22:25
小休憩2.父と私の御飯事情。
「最近野菜がないけーのー、
今日畑しよるばあちゃんのとこにもらいに行ったんよ。」








って、戦時中か!!!






「畑しよるばあちゃん」とは、赤の他人です。
うちの父が趣味で持ってる小さな畑の隣で
野菜を育てていらっしゃるおばあさんの事のようです。



「えっ・・・・・?!野菜がないから下さいって言いに行ったん?!」と私。

「うん。」と父。

「えっ?!えっ?!タダで?!タダでもらいに行ったん?!」と私。

「ええんよ。父さんも魚釣れた時あげよるから。」と父。



その、田舎的な物々交換の感覚は分かるけども、
そういうのって「今日魚釣れたからあげよう~」って持って行った時に
「ありがとね~!じゃあちょっとまって、うちも野菜もってってー」
みたいな感じで成立するんじゃないの?汗
ないからくれって、え?え?そ、そういうもんなの?????



「今はどこも野菜がないからのぉ。(※日本は異常気象で野菜が不作です。)
ばあちゃんとこも野菜がないみたいぞ。」



と、ばあちゃんがくれた「そうめんウリ」の酢の物を頬張りながら話す父。

ばあちゃん・・・・ご、ごめん・・・・(ちなみにそうめんウリ、めちゃウマです。)

他にもたまねぎと長ネギを下さったみたいです。
「長ネギは嬉しいのー。緑の野菜じゃけ。」



・・・・・う、嬉しいね。(ばあちゃんごめーん!!!)






と、そんなこんなで父と私の奇妙な2人暮らしが続いております。
初めは食事、洗たく、掃除、ゴミ捨て、ふんふんとはりきって?やっていたのですが
どうも私が作る食事がお口に合わないようで、
次第にご自分でお好みのものを作られるようになりました、父上。


先週末は東京から姉が戻ってきていたのですが
主婦歴3年?の姉の手料理さえ


難しい顔をして食されていました。


「うちの娘はだめじゃ。料理ができん!」と呆れていましたが
姉ちゃんの料理はすごく美味しいし、
私もシドニーでほそぼそと作ってきたカレーや親子丼や親子丼やカレーには自信があったのに。。。

やはり、母の味が父の好みなんだろうなぁ・・・・と改めて痛感。


痛感したので、料理をする事を放棄しました。
だってどうせ食べないんだもん!あの人!





最近は仕事とお見舞いを終え、へろへろになって家に帰ると、
父が料理をこしらえて待っています。
(父も料理が微妙。「父さんは父さんやからええんよ。」と言われています。なんだその肯定。)


昨日は「Yahooレシピ」で検索された
鯖の味噌煮が食卓を飾りました。


どの料理も、10回くらい「うまいやろーが。」と言われるので
12回くらい、「これ美味しい」と言うようにしています。







美味しいけど、美味しいけど、湯田に、湯田に飲みに行きたい・・・・。。。。




# by taco-taeco | 2009-09-03 22:02
記録6~患者と医師とアンパンマン~
「胃とか、腸とかじゃないんだよ?脳みそにメスを入れるんだから、先生はしっかり選んだ方がいい。」


と、知人に言われた。

母の担当医は、私(や姉や母)好みの
若くてゴリラっぽい男前で
推定年齢35歳の男性だった。
(見た目年齢28歳。)


若いけれども、なにも物怖じせず、
どんな聞き難い事実もはっきり明確に説明してくれる。
さばさばしているけどユーモアもあり、
ジーパンとTシャツのよく似合う先生だ。


風邪や骨折でこの先生に出会えたら
「あらラッキー(●´▽`●)」くらいに思うだろうが
このイケメンボーイが我が家の裏・大黒柱?である母の頭をかち割って
脳みそをメスでキリキリする・・・・・と思うと
えと、えと、ちょっと待って。大丈夫?(--;と、疑いたくなったのも事実である。


「患者は医者を選ぶ権利があるんだから。何かあった後じゃ遅いよ。経験年数や手術回数、症例、大学、出身地、なんでもいいから気が済むまで聞いて、納得してから手術をしてもらったほうがいいよ。いろんな個人病院を回って、お勧めの医師を聞くのもいいかもしれないね。」

と心配してくれるその知人は、
数年前に担当医の判断ミスで身内の寿命を縮めてしまったことを未だ悔やんでいる。




母が倒れたのは土曜日。
いつもならお休みのところ、たまたま出勤されていて
もう帰宅されかかっていたところに運ばれた母をしっかり診てくださった。
その後も、初日に教えてくれた日程よりも
ずっと早く検査や手術の準備を進めてくださった。

もう手術は2日後だ。

手術が、最低限のリスクで進むように、何度も何度も検査をして下さっている。


そんな先生を前に

「先生何歳ですか?経験は、あるんですか?」と、誰が詮索出来るだろうか。
弱っていく母を前をベットに置き、
「絶対大丈夫!」と呼べる先生を探し出すまでにどれだけ時間がかかるだろうか。

そもそも、絶対、なんてないのだ。
どんな名誉ある先生だとしても。




電話の向こうの兄や姉、家族みんなで悩んだ結果、

「一生懸命信じよう。一生懸命信じたら、先生も一生懸命やってくれるいや。」

と、父は決めた。





次の日、東京から兄と姉が帰ってきた。
肩の力がふっと抜けた。
兄妹が、こんなにも心強いと初めて知った。

私は、出来るだけたくさんの子どもを身籠ろう。と思った。





いよいよ手術の朝。



顔色がとてもよい母に
代わる代わる「母さんがんばってね~!!!!」と声をかけていると
オペを控えた先生が病室に入ってきた。



「おはようごさいます。よろしくお願いしますね」と
眩しく光る白衣をまとった先生は言・・・・・









って






アンパンマン!!!!
と、食パンマンもいる!!!!!


しかも踊ってる!!!!!!!!!!!!!!!!!!





なにこれ?!ええええ???!!!狙ってる?!
そ、それ、アンパンマンですよね?!
えと、きょ、きょう、母の手術ですよね?!


と、一瞬にして私たち家族は(おそらく)同じことを思ったが
先生があまりにも堂々とアンパンマンを着こなしているので
何一つ突っ込めなかった。




「手術着の下は、アンパンマン着て、手術するのかなぁ・・・・」
とつぶやく私に
「・・・・・さすがに違うんじゃない・・・・?(--;」
と言う姉。


そんな私たちに見送られ


「頑張るぞー☆」とガッツポーズをしてニコニコと手術室に運ばれて行く母。



母の笑顔と、間の抜けたアンパンマンが
私たちの緊張をほぐして涙が出た。





さあ6時間の大手術。

頑張れ母さん。と、アンパンマン。






# by taco-taeco | 2009-09-02 22:00
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